アンチェインな生活 馬券編

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僕が競馬新聞、専門紙を買わない 読まない理由

こんにちはノビーです。読んでくれてありがとうございます。僕は、ここ何年間は競馬新聞、競馬専門紙を買って予想するような事はしていません。(枠順などはネットで確認しています)昔は、金曜になると競馬新聞、専門紙を2.3紙買い込んで徹夜て予想をしていました。今回は競馬競馬新聞を買わない理由について書いてみたいと思います。

 

 

自分の予想を余計な情報によってバイアスを掛けられたくない

 

 

競馬新聞、専門紙には140円、450円を払うだけあって豊富な情報が載っています。競馬記者が厩舎に足繁く通って収集して来た情報。レースの過去10年のデーター、騎手や調教師のコメント、予想家の予想、追い切りタイム、馬の好不調。隅から隅まで読んだら時間がいくらあっても足らない。それを2、3紙を丹念に読み込んでたら徹夜になり、はっきり言って時間の無駄。頭もぼーっとしてきて1度決定した予想に自信がなくなり予想がころころ変わる事もある。競馬初心者の頃はそれが楽しくてしょうがない時期も確かにあった。僕は今、競馬予想をする時ファーストインスピレーションを最も大切にしている。それを検証してその事象が起こる蓋然性が高いのか低いのかを探っていく。人の意見や主観が入るとそれが壊れてしまうので気をつけるようにしている。

 

レースの一つ一つは独立した事象であって、過去のデーターは有用であるかもしれないが、絶対ではない。

 

競馬予想陣の予想方法として過去のデーターから予想を組み立てる人は多いと思います。確かにレースの傾向として、重要なファクターにはなるのでしょう。ただそれを絶対みたい扱うのはかなり危険な予想方法だと思う。過去起こった事が今回も起こるとは限らないし、過去起こらなかった事が今回も起こらないとは限らないのだ。競馬というのは非常識的なスポーツでどんな事でも起こり得る競技だと僕は思っている。オルフェーブル、ディープインパクトだった負けるし、ビートブラックやクイーンズスプマンテのような馬でもG1馬になるのだ。過去のデーターに固執していたらこれらの事象を捉える事は不可能に近い。

 

 

調教師、騎手のコメントは願望であり、その通りになる事もあるし、ならない事もある。

 

 

競馬新聞、専門紙によく掲載される調教師、騎手のセールストーク的なコメントにも気をつけなければならないと思う。これは結構、馬券を買う人間にとって気をつけなければならない事で、過去最高の調教とか、生涯最高の仕上がりでこれで負けたら仕方ないとか、勝ち負けするとか、このクラスにいる馬ではないとか、いろいろなポジティブワードが紙面を踊っている。その逆もある。それらを鵜呑みにして何度馬券をはずしたことか。競馬はエンターテイメントの一面もある。その為に調教師、騎手は競馬界を盛り上げたい一心でそういうコメントをしてしまうのだろう。ただ馬券を買う人間からしたらそんな事どうでもよいのである。実際のレースで調教師、騎手のコメント通りなる事は経験上少ないと思う。

 

 

 

まとめ

競馬新聞、専門紙を否定も肯定もしない。客観かつ冷静に物事をみれる人なら、その豊富な情報やデーターを活かして馬券予想に役立てる事は出来ると思う。僕はどちらかというと自分のインスピレーションを大切にして予想をする人間なので人の意見や過去データーはできるだけ省いて参考にする程度に留めている。僕の場合はとにかく、レースを数多く観ること、馬がどんなレースをしてどういう勝ち方をしたのか、負け方をしたのか分析する。それを徹底的に頭の中に叩き込む。それしかないと思っています。

 

ここまで読んでくれてありがとうございました。